突然ですが、こんな経験はありませんか?
「AIは賢い」と言う人と話しているのに、
なんか噛み合わない。
どちらも嘘をついているわけじゃないのに、
議論が永遠に平行線のまま終わる。
先日、こんなやりとりがありました。
「AIって包丁みたいなもので、
料理人の腕を超えた料理は出てこないですよね」
と言ったら、
「でもAIってすごく賢いじゃないですか」
と返ってきた。
さて、どちらが正しいと思いますか?
実は、どちらも正しいです。
ただ、「賢い」の定義が
最初からすれ違っているだけで。
■ 「賢い」って、何で測っていますか?
学校のテスト、資格試験、IQ、TOEIC──
これ全部、正解がある問題を
速く正確に解く能力で測るものですよね。
「賢い」の定義って、ずっと
正解がある「閉じた世界」でのスコアだった。
ところが社会に出た瞬間、
正解のない問題しかなくなる。
市場の動き、顧客の感情、組織の人間関係──
全部、正解が一つに収束しない「開いた系」です。
AI界隈で「賢い」と言っている人たちを見ると、
研究者、エンジニア、学者が多い。
全員に共通しているのは、論文、コード、数式という
正解がある閉じた世界で生きてきた人間だということ。
だから自分たちの「賢さの定義」を
AIが満たしていると感じて、「賢い」と言う。
一方、20年間、市場と顧客と向き合って
結果を出してきた人がAIを使うと、
「全然賢くないじゃないか」となる。
文脈を読む、関係性を構築する、
正解のない状況で判断する…
そういう能力をAIが持っていないから。
どちらも嘘をついていません。
前提が違うまま、同じ言葉を使っていただけです。
これがわかると、AI賢い派とAI賢くない派の議論が
なぜ永遠に噛み合わないのか、スッキリ理解できます。
■ AIが「賢い」と言える場面はどこか
結論を先に言うと、正解不正解が明確で、
正解事例が大量に存在する閉じた系だけです。
プログラミングはその典型です。
コードは動くか動かないか、どちらかしかない。
エラーの原因と解決策が、ネット上に大量に言語化されています。
シニアエンジニアが仕様に落とし込んでしまえば、
実装はAIが人間と互角かそれ以上の仕事をします。
数学も同じ。証明の正しさは誰でも検証できます。
特定の医療画像診断も、
ラベル済みのデータが大量にある領域では、
人間の医師を超える精度が出ています。
これらに共通するのは、
正解事例が大量に言語化されて、
ネット上に公開されている
という点です。
■ 逆に、賢くないと判定される場面は?
核融合炉の設計図を成功確率98%で3つ出して
と言っても、AIは答えられません。
その確率を計算する根拠となる正解事例が、
そもそも存在しないからです。
商業運転に成功した核融合炉がほぼないのだから、
学習しようにもデータがない。
これはコーディングとの決定的な違いで、
コーディングが賢い理由は正解事例が大量にあるからです。
核融合は正解事例がほぼゼロ。
営業、経営判断、マーケティング、交渉も同じです。
「結果を出した判断」と「そうでない判断」が、
ネット上のテキストに紐づいていない。
そもそも、世の中の8割の人間が
大した成果を出せていないとしたら、
ネット上のテキストの大半は
成果を出していない人が書いたものです。
そのデータをいくら大量に学習しても、
確率的に最もよく使われている表現が出てくるだけで、
本当に優れた判断が出てくるわけではないのです。
■ 「それっぽいもので十分」な場面と、そうでない場面
翻訳や要約はどうか、という話もあります。
社内共有用の議事録なら、
「それっぽければいい」のでAIは十分に機能します。
でも、100億円の商談の議事録に使えるかというと、
一言のニュアンスが契約内容を左右するかもしれない。
そのレベルでは、まだ賢いとは言えません。
無料のYouTube動画の字幕なら、
多少ずれていても許せます。
でも、お金を払って見る映画の字幕が
ひどかったら、やっぱり嫌ですよね。
ハリーポッターをAI翻訳で出版しても、
売れないと思います。
あの作品の価値の相当部分は、
翻訳者の言語センスと審美眼にあるので。
金額を払うかどうか、結果に責任が生じるかどうか。
これが、AIの賢さを判断する
シンプルな基準かもしれません。
■ それでもAI界隈が「賢い」と言い続ける理由
ここが少し意地悪な話なんですが、
ビジネスとして売る時に、
閉じた系での成功事例を使いながら、
開いた系での賢さも匂わせているケースが多い。
プログラミングや画像診断での成功を根拠に、
経営判断や医療革命まで語る。
閉じた系での実績を、開いた系に無断で転用しているわけです。
学校のテストで満点を取った人が
「私は何でもできます」と言っているようなもので、
定義を意図的に曖昧にすることで
市場を広げようとしている、と私は見ています。
■ 「賢い」という言葉の本当の問題
最後に一つ、面白い問いを投げかけます。
人間の世界で「賢い」と評価される人も、
よく考えると閉じた系でスコアが出せる人の
ことが多いんじゃないでしょうか。
学歴が高い
資格をたくさん持っている、
試験の点数が高い
でも社会に出ると、正解のない問題しかない。
だから「学歴が高い=仕事ができる」が
成立しないケースが山ほど出てくる。
AIが閉じた系で賢くて、開いた系で賢くない
これ、人間界の「賢い人」の定義とまったく同じ構造です。
ということは、学校で「賢い」と評価されてきた
人たちの仕事を、AIが代替しやすい。
そして、開いた系で結果を出してきた人間にとっては、
AIは脅威ではなく、自分の仕事を何倍にも速くする道具になります。
包丁がいくら切れ味よくなっても、
料理人の腕を超えた料理は出てきません。
ただ、腕のいい料理人にとっては、
切れ味のいい包丁は最高の武器になります。
今のAIとの付き合い方を考える上で、
「賢いかどうか」より「どの場面で使うか」の方が、
ずっと重要な問いかもしれません。